BACK NUMBER
1999/08/26〜2000/06/08


「タイプフェイス・デザイン事始」刊行 2000/06/08

 この本の著者は書体デザイナーの今田欣一さん。
 先日、彼と会い、発売前のサンプル本を見せてもらった。オンデマンド印刷で製作すると事前に聞いていたし、彼のWEBサイトに同じ題名のページがあり、本の内容はそれを基に作られたというので大して期待していなかった(失礼)のだが、実際に手に取りパラパラと頁をめくると、考えが変わった。

 図版が豊富に追加されており、文章などもかなり書き直されている。表紙から本文まですべて今田さんの手によるデザイン。ページメーカーを使用したそうだ。本文書体は標準的なものしか使用できず、多少の不満はあったらしい。WEBではパソコン画面に表示される横組みの文章だが、縦組みの本を開いて読む文章は随分印象が変わる。書体もまったく違うので当たり前のことだが。
 そして私の好きなソフトカバー(寝転がって読むのに都合がいい)。本文用紙の厚さ、紙質や色も、文字モノに適したものが用いられている。オンデマンド印刷(出版?)ということで、注文が来てから印刷し製本する(2〜3部は在庫してるかもしれないが)システムなので、自由に紙質やインクを選んだすることはできない。これらは仕様ということだが、以外と良くできている。
 本の内容に興味のある人は彼のWEBで確認してもらうとして、私が一番興味を持ったのは、この本を自費出版するコストだ。彼の執筆や図版作成・資料収集・デザインなどの労力コストを除外すると、1万数千円しか払っていないのだという。そしてあとはデータ管理料が月に200円かかるだけなのだ。これだけの費用で、全国の書店から注文できる本が出版できてしまうのはすごい。

 ごく小部数しか発行されない専門書などは、異常な高価格になってしまう現状の出版界。自費出版したいが、費用と流通の問題で悩んでいる人たち。絶版本を低費用で復刻したい出版社(本来これが目的でこのシステムが作られたようだ)。…それぞれの問題がこのシステムをうまく利用することで何とか解決できてしまう。世の中、変わっていくのだ。もちろんみ〜んなフォントの業界にも当てはまることだが。
 この本はオンラインで注文することもできるのだが、手数料や配送料が多少かかる。私は本体価格と消費税だけで済む書店で、今月5日に注文した。…が、このシステムが動き始めたばかりということで注文がうまく通らず(現在は大丈夫のよう)、12日オンライン注文。代引配送によって19日、この本を手にすることができた。タイプフェイス・デザインの基本的な事柄について、うまくまとめられた判りやすい内容だと思う。通常の印刷用インクでなくトナーのプリントに近い本文印刷だが、活版印刷のように文字が若干太り気味で黒っぽく読みやすい。また紙面を触ると文字部分に微妙な凸凹が感じられ趣がある(活版とは逆の凹凸だが)。今年中に発行予定という「タイプフェイス・デザイン漫遊」「タイプフェイス・デザイン探訪」の2冊にも期待したい(06/19に文章追加しました)。

PODタイプフェイス・デザイン事始
著者:今田欣一
発行:欣喜堂
発売:ブッキング
価格:2000円+消費税
ISBN:4-8354-7001-X
オンラインでの注文はこちら

 


ロゴラインはどこへ… 2000/05/10

 かな書体でロゴラインというフォントを知っていますか。
DTP以前から印刷やグラフィックデザインの業界にいた人なら、写研から販売されていた写植書体のロゴラインを知っていると思う。
 ロゴラインは1984年に「タイポパワーズ」展で発表された。このグループ展は、タイプフェイスデザインに強い興味を持つ有志7名が、それぞれデザインしたオリジナル書体を持ち寄り銀座のギャラリーオカベで開催したものだ。
 そのメンバーの中に私(佐藤豊)もいたわけだが、ここで発表された書体で、その後デジタルフォントとして製品化されたものは残念ながら少ない。私の「わんぱくG」「タイプラボG(NTLG)」と鴨野実氏の「ロゴライン」だけだと思う。
 当時はまだ写植が全盛だったので、ロゴラインは1985年に写研から、写植文字盤として発売された(サンプル、写研の見本帳より)。見出し用のかな書体としてかなりヒットし、現在も広く根強く使用されている。
 
 その後、DTPが台頭し写植は衰退。1994年、ロゴラインはADOBEからMac用PSフォントとして発売された。写植時代はEとUの2種だけだったが、L, M, B, U と4種にウエイトが増え、更にロゴアール・ロゴカットという仲間を増やしてDTP業界にデビューした。写植時代にこの書体に親しんだデザイナー達はもちろん、さまざまなメディアでこの書体を見かけてもDTPに使えず困っていた人達は、大喜びした筈だ。
 しかし広報活動が足りないのか、私のところに「ロゴラインはどこで買えますか?」というメールがかなり届く。「アドビで販売しているので、そっちのサイトで調べてね」と、いままでは返答していたのだが、最近アドビの日本語フォントのページを見たら、ロゴラインが消えていた。
 
 なぜ販売されなくなったのだろう? あるDTP関係の掲示板で最近「写研の文字に似すぎていたので回収したウワサを聞いた」などと投稿があったが、これはたぶん間違いだろう。
 アドビからロゴラインが発表された時、私は写研に勤める知人に訊ね「独占契約ではないので何の問題もない」という返事を貰った記憶がある(専門の部署の正式な答えではないが)。
 アドビのサイトをよく見れば、味岡氏の書体、モリサワの書体も販売リストから消えている。自社開発以外の書体販売をヤメたということか…。
 まぁ、モリサワ書体はモリサワのものを買えばいいし、味岡氏の書体もエヌフォーメディアやリョービとかから販売されているから構わないのだが、ロゴラインを欲しい人はどうすればいいのだろう。
 ロゴライン書体がどこか他所で販売されていないかアチコチを何日も調べたが、私には見つけることはできなかった(まだどこかに流通在庫があるかもしれないが)。
 欲しくても購入できない、今の状態が続けばロゴラインは不正コピーで使われていくしかなくなる。また、これから発行されるフォントカタログなどからも削除されると思うので、このまま忘れられてしまうのかも知れない。書体をデザインする側の人間として、もったいないなと感じている。

 どこかのフォントベンダーが、ロゴラインを販売する準備をしていれば幸いなのだが…。

*↓その後の2001年12月、ロゴラインはOpenTypeフォントとしてリリースされました。
http://www.adobe.co.jp/products/type/kamonokana.html

 


和文フォントガイドブック for Macintosh 2000/03/30

 私が1990年に企画し制作した「組み見本用創作文」ですが、この文章を使用したフォントガイドブックが、明日31日から書店で販売されます。
 内容を目次から抜粋してみました。
---------------------------
●Part 1 フォントに関する基礎知識
・フォントの種類と呼び方
・文字コードと文字セット
・文字の入力と出力の仕組み
●Part 2 書体デザインと本文書体
・書体の分類と書体の特徴
・書体デザインのポイント
・本文書体 明朝体の系譜
・明朝体による本文組み見本集
●Part 3 フォントの選び方・使い方
・用途に合わせたフォントの選び方
・フォントの安心・快適利用術
・外字を作る・外字を使う
●Part 4 和文フォント選択ガイド
・書体見本集
・学参フォント書体見本
・外字キャラクター対照表
・CID字体切り換え表
・JIS X 0208 異体字関係漢字一覧
・メーカー別製品ガイド
付録CD-ROM:ビットマップフォント集

和文フォントガイドブック for Macintosh
雑誌コード63856-08 定価3048円
玄光社 03-3263-3511

 


Macも17000文字… 2000/02/17

 2月16日、アップルは「Mac OS X」という次期Macintosh用オペレーティングシステムで文字数を最大17,000文字に拡張すると発表した。フォントデザインは、大日本スクリーンのヒラギノファミリー6書体(明朝2種、ゴシック3種、丸ゴシック1種)が採用されたようだ。

 最近あちこちで、「パソコンの文字がたりない」とか「このOSならこんなに沢山の文字が使える」とパソコンで使える文字種を増やそうという傾向が感じられる。
 現在JIS X 0208を基にした7〜8,000程度の文字が殆どのパソコンで使われているが、機種依存文字 の文字化け問題はまったく解決されていない。
 使える文字が17,000に増えたときに文字化け問題は解決できるのか。Unicodeに準拠し表示や印刷が可能ということだが、作成した文書が他機種・他OS・通信環境などによって文字化けすることはないのだろうか。Unicodeだから大丈夫なのだろうか。

 なるべく多くの人が文字を利用できるように、
 「従来、わが國において用いられる漢字は、その数がはなはだ多く、その用いかたも複雑であるために、教育上また社会生活上、多くの不便があつた」昭和21年11月16日 内閣訓令第七号より
 と当用漢字(1,850字)が制定されたのだが、いつの間にか使用する漢字字種は増えてきているのだ。

 多くの人と確実に情報交換するには、できるだけ平易な文字管理システムが望ましいのではないのか。価値のある情報とは、難しい漢字や熟語を使うことではなく、わかりやすく間違いなく伝えることではないのか。
 もちろん特殊な専門分野で、足りない文字があるのは事実だと思うが、それはその分野ごとに文字種を決めたり専用フォントを作成して運用すればいい。膨大な文字数をOSの標準にして、必要のない人に負担をかけたり、混乱を招くようなことは避けて欲しいと個人的に思う。

 文字数を増やすことが素晴らしいことだと単純に思い込んでいる人達…。頭がいいんだか悪いんだか。前へ前へと進む前に、せめて文字入力時に
 「いま入力しようとする文字は、このパソコン以外の環境では正しく表示されない可能性があります」
 というメッセージぐらい表示して欲しい。一番大切な部分を手抜きしたまま字種を増やしても、不便で迷惑な機種依存文字が、さらに1万字ぐらい増えるだけのことだ。
 私がいくらこんなことを書いても、パソコン上の文字数が増えれば、その分の制作作業量が増えることに困惑している書体デザイナーのグチにしか、彼らには聞こえないと思うけど…。

 


キャパニト-Lのダウンロード販売始まる 2000/02/04

 2年前から無料頒布を続けていた「キャパニトL-教漢」だが、現在までの使用者登録数はMac用が約4000名、そして1年前から頒布が始まったWin用は2000名を越えた。
 当初は登録数が合計10000を越えてからと考えていたのだが、いつまでも待っているわけにもいかず、2月1日に漢字フルセット版のダウンロード販売を始めた(Win用は3月9日から)。

●書体デザイナーがフォントデータをエンドユーザーに販売する
 農業の方達が消費者から直接注文を受けて、作物を個別に発送するのと同じだ。作者は、中間業者・流通システム・販売会社などの意向を気にすることなく、信念に基づいた制作が可能になる。そして、その信念と品質に同意した消費者が注文購入するのだ。農業の場合は宅配便の発達でこのような商いが可能になったわけだが、デジタルフォントの場合はインターネットがデータを送り、代金を回収してくれる。
 本当なら自分のWEB内で代金の回収までやればいいのだが、個人でそんなことをやっていたら書体をデザインする時間が無くなってしまうし、インターネットでの個人同士のお金のやり取りは双方ともに煩わしい。いくつかの代金決済システムを検討したが、私が選んだのはVectorのSoftショップ・プロレジだ。
 基本的にはクレジットカードによる決済なので、海外在住の方も支払いが可能になる。実は海外在住の方達は日本語フォントの購入に困っているらしく、結構そんなコメントが寄せられる。

●5回までフォントをダウンロードできるシステム
 店頭で販売するパッケージなら、フォントデータを間違って消してしまってもCD-ROMから再度インストールすればいいのだが、ダウンロード販売の場合は購入者が自分でデータを何らかのメディアに保存しておかなければならない。しかし、保存しておかないまま無料頒布版を消してしまい(タダだからあっさりと)再登録する人は結構多く、自分でオンライン決済していたらこの問題に頭を悩ますだろう。VectorのSoftショップには何種かのダウンロード方法があるのだが、私は同一人物が5回までダウンロードできる方法を選んだ。将来フォントデータがバージョンアップしたときに、残り回数があれば、それを無料でダウンロードできるようにする予定でいる。
 カードによるオンライン決済がどうしても信頼できないという方には、近所のコンビニエンスストアを利用して現金で決済する方法も用意されてる。
 
 興味のあるフォントを無料で入手し、品質や雰囲気、使い勝手を確かめてから、商品版を購入するというフォント販売システムが浸透し、同じように行動する仲間が増えれば面白い。
 価格については何年か前から、総合フォントを音楽CDのアルバムに近い価格で売りたいと考えていた。カナとか欧文だけのフォントだったらシングルCD程度の価格と…。
 無料頒布版で登録してもらったメールアドレスに商品版の案内を送ったのだが、約25%が宛先不明で戻ってきてしまった。2年も時が過ぎればアドレスを変更する人がこんなにいるのだ。商品版完成の情報を1000名もの人に伝えられなかった。次の書体では、無料版と商品版を同時にリリースすることにした。

キャパニト-L(TrueType)
 JIS X 0208-1997に基づいた全漢字字種が使用できます
 
   本体価格  3000円
    消費税   150円
    手数料   100円
    消費税     5円
 ――――――――――――――
  合計必要額  3255円
  
無料頒布版の申し込み
株式会社ベクター概要
Vectorトップページ
Vector Softショップ・プロレジページ
Vector Softショップ利用者マニュアル
Vectorお支払い方法
キャパニト-L(Mac用)の購入申し込み
キャパニト-L(Win用)の購入申し込み

 


第6回モリサワ賞入賞作品展 2000/01/11

 世界30の国や地域から合計849点(和文部門317点、欧文部門532点)もの予想を遥かに超える多くの作品が寄せられた、第6回「モリサワ賞国際タイプフェイスコンテスト」。
 東西の文化を越えて、新たな文字デザインの可能性を切り拓いた秀作20点が展示されます。
 私も出品したのですが見事に落選しました。以下に入選した方々のお名前を記します。

和文部門
●金 賞   七種泰史(日本)
●銀 賞   リン・スー・ファン・エリザ(中国)
●銅 賞   秋葉英雄(日本)
●審査員賞
・田中一光賞    ホン・シー・ハン・アレン(中国)
・勝井三雄賞    西尾実弥(日本)
・アラン・チャン賞 七種泰史(日本)
・小塚昌彦賞    朱志偉(中国)
・森澤嘉昭賞    王峰(中国)
●佳 作   布施正(日本)
       榎涼子(日本)
       ヨアヒム・ミュラー・ランセイ(アメリカ)

欧文部門
●金 賞   ロイ・プレストン(イギリス)
●銀 賞   リニア・ランドクイスト(アメリカ)
●銅 賞   鴨野実(日本)
●審査員賞
・マシュー・カーター賞  グレゴリイ・ビンセンス(フランス)
・フレッド・ブレイディ賞 大庭三紀(日本)
・五十嵐威暢賞      ヨアヒム・ミュラー・ランセイ(アメリカ)
・森澤嘉昭賞       深川渉(日本)
●佳 作   ティモシー・ドナルドソン(イギリス)
       ヨヴィカ・ヴァイロヴィッチ(ドイツ)
---------------------------
会場 モリサワ・タイポグラフィ・スペース
   〒162東京都新宿区下宮比町2-27モリサワビル1F
   TEL 03-3267-1233 FAX 03-3267-1536
会期 2000年1月11日(火)〜2月29日(火)
休館 日曜、祝日
開館 午前10時〜午後6時 入場無料
交通 JR/地下鉄東西線・有楽町線・南北線
   『飯田橋』駅(地下鉄出口B1)より徒歩3分

 


Web印章の無料配布 1999/12/09

 「白舟書体」というサイトで「Web印章」なるものの無料配布が始まっている。
このサイトでは数年前から毛筆系フォントの無料配布を行っているが、さらに印章データの配布も始めてしまったのだ。
 「名字落款」4種、「名字蔵書印」が1種、それぞれ2000もの姓が用意されている。
ダウンロードした「Web印章」画像データは、PDFファィルへの埋め込み、ホームページ・HTMLメールなどでの使用のほか、プライベートな各種プリントなどでも重宝しそうだ。シール用紙に印刷して蔵書印シールを作る人もいるだろう。
 印章店にとって貴重な財産である印影を、このように無料で配布して大丈夫なのだろうか?と少し心配になるが、変なこだわりを捨て、漢字や印章といったものをワールドワイドにするための啓蒙活動ということなのだろう。
 このWEBサイトの存在により、漢字や印章に対する関心が、国内・海外ともに高まるのは確実だと思う。

【白舟書体】
http://www4.jcss.net/~hakusyu/

 


データベース・日本のタイプフェイス 1999/11/16

 日本タイポグラフィ協会が表題のタイプフェイス集を発刊するらしい。
案内書には、現存する日本のタイプフェイスを網羅しデータベース化すると書いてある。書体の名称登録とその書体の概要を掲載し、書体デザインを保護することが主な目的らしいのだが、私自身は、このような登録主義の保護制度には反対です。
 この制度でいう、タイプフェイス名称とは著作物の題名にあたります。日本では、著作物の権利は無方式主義(登録制ではない)なのに、なぜその題名を登録しなければならないのでしょうか?
 著作物の題号(正式にはこういうらしい)は、著作物の一部ではあるけれど保護の対象にはなっていません。ですから音楽分野などではカラオケの曲名索引を見ればわかるように同名異曲がたくさんあります。作品の内容が著作物なのです。題号で問題が発生したときは、不正競争防止法等で処理されます。
 無方式主義の良いところは、誰にでも平等だということです。幼児でも、学生でも、主婦でも、老人でも、作ったものには自動的に著作権が発生し守られます。貧富の差も関係ないし、文字が読めない人でも関係なく権利を取得できる素晴らしい方式なのです。もしこれが登録制で有料だったら、私は困ります。手続きも煩わしいし、いままで創作してきた作品すべてを登録したら、いったい幾らかかるのでしょうか? 私にはとても登録できません。
 このような制度をつくるより、すでに著作権がしっかり認知されている音楽や文学、絵画などで行われている「作品を表示するときは作者名を明記する(書体の場合はカタログやサンプルに)」という単純な慣習を広めた方がいいと思います。これまでの著作物は皆そうしてきて、特に問題は無かったわけですから。いままで作者名をはっきり表記してこなかったから、書体デザインになかなか著作権が認められなかったのかも知れません。

 もうひとつ心配なのは、このような制度を作っても、継続していかなくては意味がないということです。登録料金をとって書体を掲載し刊行物を発行するわけですが、将来1年に1点しか新規登録がなかった場合でも定期的に発行できるのでしょうか?
 過去に日本規格協会の文字フォント開発・普及センターが同じような主旨で発行したフォントライブラリーカタログが、数年しか継続しなかった例があります。結構高い登録料を払った私にとって、とてもイヤな思い出です。

登録を希望する方は日本タイポグラフィ協会へ。
応募締め切りが1か月ほど延期されたようです。
 


アニト物語…8 1999/10/07

 Macintosh 用のPSフォントが発売され、とりあえず当初の目的は達成できた。そして、その間にいろいろな事があった。
 フォントデータのメッシュサイズを1024にして作業していたのに、先に市場に出ていた標準的な日本語 PSフォントが1000という数値を採用していたため、同じ数値に変更しなければならなかった。メッシュサイズが1000だろうが1024だろうが、使用時のフォントデザインの再現性や品質に優劣があるわけはないのだが、販売する側は先行製品と同じ数値を強く希望するのだった。せっかく1024で作成したデータを1000にメッシュサイズを変更することでデータが微妙に変化してしまうのだが、ここはしかたなく妥協した。
 またアウトラインフォントとして初めに販売された DOS やWindows 用フォントパッケージのアニトは、その後に発表されたタダ同然(開発協賛費を払えば)の平成丸ゴシックにその座を奪われてしまい、2年ほどで店頭からは消えた。同じ丸ゴシック系ではあるが、アニトと平成丸ゴシックのデザイン上の差が理解されなかったのはかなりクヤシイ。まぁ私達にロイヤリティを払うのが惜しくなったのだろう。
 そして誰もが気になるらしい書体名について。アニトというちょっと風変わりな綴りはフィリピンのタガログ語なのだ。佐藤と成澤がこの書体制作の途中、疲れを癒すために訪れたフィリピンで出会い、二人の心に残った単語だ。以前フォントワークスの書体組み見本帳に掲載されていたアニトに関する文章を以下に記します。
【ANITO アニトあるいはアニート】
 タガログ語の精霊、祖霊。身近な霊的存在として、スペインによる侵略を受ける前にフィリピンで広く信仰されていた。広い意味では自然のあらゆるものに宿る霊的および超自然的な存在のこと。

…緑の精気、月の知恵…
 太陽のエネルギーを受け、ジャングルの緑の精気から誕生し、
月から知恵を授かったアニト。
 色は黒く、手足はたくましく、万能の英知に溢れ、
光の矢に乗って行動するアニトは、弱いものを助け、勇気を与えてくれる。
 助けを求めれば、いつでも、どこにいても、駆けつけてきてくれる。
 海辺に暮らし森に生きる者にとって掛け替えのない存在だったアニトだが、
最近は田舎にひきこんだままのようだ。
 おじいさん、おばあさんの心に今も残るアニト。
どうか再び力強い姿を現しておくれ。
(フィリピンに語り継がれている昔話より)

 Macintosh用のアニトが発売されて3年後の1997年、アニト書体は、L・M・インライン・レリーフと4種類のフォントになって、フォントワークスから発売されました。そして L・Mに続く次のウエイトのアニト書体の制作が現在進められています。
 今回でアニト物語は一応終了です。またこの続きが書けるほどアニト書体が発展するといいのですが…。

 


PDFへのTrueType埋め込み(Mac) 1999/09/02

 Acrobat 4.0日本語版が6月に発売された(価格はオープンプライス)。
 私の興味は PDFファイルへのフォント埋め込みだった。欧文フォントではとっくに実現していた機能だが、やっとこのバージョンから2バイトの日本語フォント(中国語・韓国語も)にも対応するようになったからだ。
 日本語フォントを埋め込んでしまえば、そのPDFファイルは英語環境のパソコンでも読むことができるのだ。もちろんMacでもWinでも同じフォントで同じイメージで読むことができる。
 埋め込めるフォントは、フォント開発者が埋め込みを許可した(フォントデータの中に記述されている)、CIDフォントとWindows用のTrueTypeフォントだけとアナウンスされていて、Macintosh用のTrueTypeフォントは、なぜか埋め込めないことになっている…。Macintoshユーザは、プロの印刷業界御用達の高価なCIDフォントを使用しなければフォントを埋め込めないのか。
 この件に関しては、その後 MacPower7月号199ページに
Mac OS標準のPostScriptプリンタードライバーである「LaserWriter」を使えば日本語フォント(TrueType)の埋め込みが一見成功したように見えるが、エンコーディングなど文字情報の一部が失われているため、2バイト文字が正しく検索されないなどの障害が残る。
 という情報があったきりだ。この方法でなんとか埋め込みだけは実現したような気にはなるが、やはり満足できない。埋め込み可能な日本語TrueTypeフォント(キャパニトL-教漢)を配布している私としてもね……。
 ところが、Acrobat 4.0の標準的な機能だけで、CIDとまったく同じレベルで「キャパニトL-教漢」を埋め込んだPDFをエヌフォーメディア研究所のPDF/CID研究室で制作し配布している。その方法は…
●埋め込み可能なTrueTypeでレイアウトを行う。
●レイアウトしたデータをPDFに変換する。
●変換したデータをAcrobatで開く。
●TouchUpツールでTrueTypeの部分を選択(一部分だけでOK)。
●ツールメニューから[TouchUp]の[テキストの属性]を表示。
●[埋め込み]にチェックを入れると埋め込まれる。
●PDFを保存。

 というものだ。Macintoshユーザは、このPDFファイル(日本語TrueType埋め込みサンプル106K)をダウンロードして、画面表示やプリント結果をぜひ体験してほしい(現在は当サイト内の日本語フォント無料頒布のページにもフォント埋め込みPDFがあります)。
 Illustratorなどでフォントをアウトライン化し疑似埋め込みをしたものよりデータは小さくなるし、アウトライン化した場合のように画面上や中低解像度プリンタでも文字が太ることなく、通常のフォント使用時と同じレベルで再現されます。
 PDFファイルを見るためのAcrobat Reader 4.0は、アドビシステムズ社のこのページから無償でダウンロードできます。

 


アニト物語…7 1999/08/26

 中心線データから任意の太さのアウトラインデータを作るところまではそこそこ順調だったアニト書体(それにしては時間がかかり過ぎ)だが、各文字ごとにラインが重複した必要のない部分が発生している。これを取り去るRemove overlap(のちの日本語版では重複面の結合、現在のメニュー名はオーバーラップ削除)という機能が Fontographer にはあるのだが、これが思ったとおりに処理してくれない。
 これには悩んだ、かなり悩んだ。欧米で開発された Fontographer が、複雑な漢字の画線部分を正確に判断できないのだ。何日も何日も試行錯誤したが簡単な解決策は見つからず、結局は処理された結果をみながらひとつづつ手間をかけるしかなかった。
 まず Remove overlap をかけてみる。処理できなかった部分を確認し、処理前の状態に戻し、その部分のパスだけを選び描画方向を逆にし再度 Remove overlap する。これでうまく処理できる文字もあるが、少し複雑な文字になるとこのやり方ではうまくいかない…。そんな文字は、関連する二つのパスの描画方向(専門的でごめん)をどちらも逆まわりにすると、なんとか交差部分にポイントが発生してくれる。そのポイントを利用しながら新たなパスを描き直したりすることが多かった(現在の Fontographer では、この部分がかなり改良されており、この問題は殆ど発生しない。当時の状況を再現するため古い Fontographer を久しぶりに使いました)。

 この作業に使っていたマシンは中古の Macintosh Plus、当然モニタは白黒の9インチ。RAMは目一杯増設してもたったの8M。アクセラレーターを増設し、内部温度を下げるためのファンを上部に取付けた。このマシンには内蔵HDなどというものは存在しなかったので、これまた中古で買った20M(!信じられる?)の外付けHDをつないでいた。
 契約書に指定された締切の日時に追われながら、そんなこんなでなんとかキレイなアウトライン状態になったアニトのデータは、1区94文字できあがるたびにフロッピーディスクでF社に渡されていきました。そして1992年に某毛筆系ソフトウェアにバンドルされ出荷が始まります。まだ業界に丸ゴシック系フォントが殆どない状態だったので評判は悪くなく、1993年には同じ会社から発売された日本語フォントだけのパッケージにもアニト書体は加えられました。
 どちらのパッケージも DOS やWindows 用のフォントでしたが、TrueType や PSfont ではなく、それ以前の特殊なフォーマットのフォントデータでした。

 その後、さまざまな部分に微修整処理を重ねたアニト書体(現在のL)が完成したのは1993年秋頃。そのデータを日本情報科学(現ニィス)に提供し、Macintosh で作った、Macintosh のためのアウトラインフォントが発売されたのは翌1994年。制作開始から丸5年の月日が過ぎていた。佐藤と成澤がこの時、どこで祝杯を酌み交わしたか記憶が定かではないが、両人は休む間もなく、このデータを基本にアニト書体のファミリー作りに突入していくのだった。

 


BACK NUMBER

●トップページへ