活字倶楽部(雑草社) 2000年夏号 本をつくる/文字づくりというおしごと プロに聞け!! インタビュー

書体デザイナー・佐藤豊氏に聞く

お仕事の具体的な内容を教えてください。
僕は書体デザイナーと名のっています。ひらがな、カタカナ、漢字や欧文文字などをデザインする仕事です。書体のデザインといっても新しい文字をつくっているわけではありません。ときどきゲームなどの舞台となる異世界の読めない文字をつくったりする仕事と勘違いされることもあるのですが(笑)。

書体デザインというのは、レタリングやロゴ・デザインとは違うのですか。
文字をデザインして描くということに関しては同じような仕事かもしれません。レタリングというのはチラシの歳末大バーゲンとか、雑誌の記事のタイトルなどを描く仕事です。僕は元々レタリングの仕事をしていたのですが、レタリングの文字は、短期間で役目が終わることが多いので、一文字だけデザインを変えたり極端に小さくしたり、といったおもしろい冒険ができました。

ロゴ・デザイナーは、クライアントから依頼された会社名や商品名、キャッチフレーズなど最初から決まっている文字列(ロゴタイプ)をデザインする仕事です。たとえば、ファッションメーカーの会社名や洋服のタグに使っている文字や広告のコピーなどがそうです。

よく、そのロゴタイプの書体名を教えて欲しいといわれるのですが、ほとんどの場合、ロゴ・デザイナーが会社名なら会社名だけを独自にデザインしているので書体名というものはありません。既存の書体の中から選んでいるわけではないですから。会社名や商品名などを既存の書体を使用してつくってしまうと競合他社に簡単にまねをされてしまいます。そういったことを防ぎ自社のオリジナル・イメージを保つためにも、独自にデザインすることが必要なんです。

レタリングとロゴ・デザインは依頼された文字列をデザインするという意味では似たような仕事ですね。

書体デザインという仕事は、文字をつくる仕事でもこれら二つとはちょっと違います。まず、決められた文字だけではなく、すべての文字をデザインします。それから、つくった書体でどんな言葉を組むのかは、つくった人にはわかりません。

僕はレタリングもロゴ・デザインもやってきました。でも、ある商品名をデザインしても、その商品が数ヶ月後にはなくなっていたり、書籍のタイトルのロゴ・デザインをしても、その書籍の内容がつまらなかったりすると、せっかくの仕事が少しむなしくなってしまうんです。それで、同じ文字をデザインする仕事ならば、書体デザインの世界でやっていこうと思ったんです。

書体の世界では文字のデザインそのものに一番の価値があります。そのデザインの善し悪しが評価の決め手になります。文字の世界では、ある意味一番シビアですね。だって、食品名のロゴが少し格好悪くても、その食品がおいしければ買ってくれるんですから。書体製品(フォント)は、その書体のデザインが気に入らなければ誰も買ってくれません。

書体は一人でつくるものなのですか。
僕は一人でつくっていますが、本来は違うみたい(笑)。特に字数の多い日本語や中国語は、一人ではなかなかつくれません。現在JIS規格で ワープロソフトに収録されている文字数は7000字から8000字もあります。それを全部つくらなければならないんです。一文字ずつ、拡大されても縮小されても乱れないように形を整えて丁寧につくっていくと、一書体つくるのに僕は五年くらいかかります。だから、普通、書体メーカーではグループ作業でつくっていますね。

8000字もつくること、五年もかかること、どちらも驚くような数字ですね。佐藤さんがそうした作業をお一人でなされているというのは、なぜなんでしょうか。
会社とかでグループ作業をやってしまうと自分の個性が出しづらいんですね。そのグループ内のレベルを合わせなければならないんです。僕がどんなに個性的な文字を描いても、僕の文字の個性が理解できない人が一人でもいれば、その人のレベルで全体を均等化しなければならない。僕の描く100文字と残りの文字とで差が出ては商品にできません。そういうことが面倒なので、僕は会社に所属せずにフリーでやっています。

でも、やっぱり日本語は字数が多いでしょう。苦労して何年もかけてつくっても、それが売れなかったら大変なことになるので、始めた頃はひらがなとカタカナ、つまり仮名書体だけをつくっていました。濁音や促音などを含めると200文字ぐらいですが、なんとか一人でもつくれる量なんです。余裕ができたら漢字もつくろうと思っていたけれど、なかなか余裕ができず(笑)、7〜8年前からやっと漢字書体をつくり始めました。

書体をつくるときは、まず、どの字からつくるのですか。
どの字からつくるのかは、会社なり個人なりがそれぞれ模索しながら作業をしています。ひらがなでも〈あいうえお〉と順番につくっているわけではありません。たとえば、助詞の〈の〉や〈を〉など「てにをは言葉」と呼ばれる、使う頻度の高い文字を最初に丁寧につくったほうがいいかもしれません。残りの文字は、そうした使用頻度の高い文字にイメージを合わせてつくっていくわけです。

実際の作業を簡単に教えてください。
書体によって違いますが、一般的にはつくりたい書体を紙にデッサンして、それをスキャナーでパソコンに取り込みます。そのあとパソコン上で文字をキレイにトレスし、何度も文字を並べ替えたりして試しながら、形を整えていきます。書体のデザインは、最初からしっかりと頭の中にイメージができているので、そのイメージに近づけるためにパソコンを利用しています。パソコンを操作しているうちに偶然できるというものではありません。

書体によっては、手書きの文字の雰囲気をそのまま書体デザインとして使うものもあります。毛筆書体などは、実際に筆文字の上手な人に書いてもらいスキャナーで取り込み、できるだけ忠実にデータ化します。

それとは逆にはじめからパソコン上だけでつくってしまう書体もあります。つくり方はいろいろですね。昔は手書きの文字デザイン原稿を写植会社に渡すだけでよかったのですが、現在はつくる側も使う側もパソコンで処理していくので、商品としてパソコンで使えるようにデジタルデータ化しなければなりません。それもあってパソコンを使っているんです。

いまは書籍のレイアウトも広告も、全部パソコン上で行われていますからね。おもしろい例としては、墓石の文字なども現在はパソコンを利用して彫られています。昔は墓石の文字を書く人がいたのですが、今は少なくなってしまい、墓石彫刻用につくられた毛筆書体が売られています。こうした専門書体は、値段も高いらしいですよ。

書体は会社などの依頼をうけてつくるのですか。
デザイナー個人のやり方によります。ほとんどの場合、書体メーカーの中にデザインをする部署があり、自社の中でつくってしまいます。制作費を抑えるために下請けに出したりもしています。

書体デザイナーの中には下請けで生活している人もいます。書体デザイナーの多くは、自分のつくりたい書体をメーカーや販売会社にプレゼンして制作費をもらいながらつくっています。でも、そういうつくり方をしてしまうと制作費を払った会社に、書体の著作権を拘束されてしまうことが多い。

僕は、それがいやなので、自分でつくりあげてから販売してくれる会社を探しています。この場合、どこからも制作費をもらっていないので一社の独占的な契約はしません。いろいろな会社に持っていきます。

でも、僕と書体の販売契約をしても、会社が制作費をかけているわけではないので、なかなか力を入れて売ってくれないんですよ(笑)。だから、最近はインターネットを通じて個人で販売を始めました。

ネットを通じて買ってくれる人たちは、一般の人が多くて、ほとんどはプライベートな手紙やカード、ホームページやフライヤー(チラシ)をつくるときに使っているようなんです。それはそれで非常にうれしいのだけれど、その書体が社会に与える影響力はあまり大きくありません。

やっぱり広告やコマーシャルに使われないと、その書体があることさえ知ってもらえない。だから、デザイナーを対象に、まだまだ販売会社に売ってもらいたいとは思っているんですけど。
しかし、ネット販売は買ってくれた人からのダイレクトな反応があって励みになりますよ。今まで大手の販売会社にすべて任せていたときはユーザーの声は全く聞こえなかった。

僕が書体を販売しているホームページは、そうしたユーザーの声が聞けるようになっています。ホームページ上では僕のつくったキャパニトという書体を無料配布しています。漢字の数を教育漢字だけに制限していますが、その字数だけでも、ちょっとした文章はできるので、皆さん使ってください。使って気に入ったら、フルセット版を買ってください。まず、使ってみないと良さがわからないですからね。

つくるときに書体が使われる媒体は想定しているのですか。
僕の場合、印刷されたときに汚い字にならない書体というのが、最低条件としてあります。そのうえで、特定の媒体に向いている文字をつくることもあります。でも、狙いすぎるとすごく狭い範囲でしか使われなくなりますね。だから、ひとめ見ただけで特定の媒体にぴったりくる書体は、つくらないようにしています。

自分のつくった書体が使われるという知らせはくるんですか。
きません。イラストや写真と違って書体は、買った人がそれを使う権利を買ったことになるので、どのように使用しても自由です。僕は普段生活している中で自分のつくった書体が使われているものに出会うとコレクションしています。雑誌や広告、商品のパッケージなど全部集めますし、町で僕の書体が載っているポスターや看板を見かけたら、カメラを持って写真を撮りにもいきます。

以前、『ぱふ』にも使われていたことがあるんですが、それはわざわざ買いにいきました。あまり他では使ってくれなかった書体だったので、ちょっと恥ずかしかったけど自分で買いました(笑)。コンビニやスーパーにいっても自分の書体は目につきますね。ポップコーンとか煎餅とか梅干しのパッケージとか。使われていると全部買ってしまう(笑)。前は現物で保存していたんですが、整理がつかなくて、今は全部A4の紙にコピーしてます。

私たちも毎日のように佐藤さんのつくった書体を目にしているということですね。
そうですね。つくった本人も知らないところで使われているというのは、おもしろいです。でも、二十年も前につくった書体が、今も使われているのは、ちょっとつらいんですよ。今見ると、やっぱり下手だから。テレビのコマーシャルなどで、そういう文字が出てくるたびに、やめてくれーと思ってしまう。つくった本人だけかもしれませんが。

あと、アダルト雑誌でもよく使われているらしい。アダルト雑誌というのは、新しくできた書体をすぐに使うんです。誌面デザインに割く予算が少ないので、とりあえず見た目を工夫するために新しい書体を使ってしまえ、ということらしいんですが。しかし、アダルト雑誌で使われてもなかなか探せないし保存しておけない。他人にも見せられないし(笑)。

使われなくなってしまう書体もありますか。
時代の趨勢の中で、多くの人に忘れられてしまう書体もあるとは思います。でも、一度世に出た書体は、ちゃんとデータ化されてその時代に使える状態になっていれば、なくなってしまうことはないでしょう。

でも、僕のつくった書体の中には3200文字しかない書体がある(こういう契約だった)。この書体は写植時代につくったもので、写植時代の書体はどんどんデジタル化されているのだけれど、この書体は文字数が足らず、他の書体と規格が変わってしまうのでデジタル化されない。こういう書体は消えてしまうでしょう。しかし、古い書体だからという理由だけで消えたりはしません。

どんな書体でも世の中に出れば、少ないながらもその書体を必要とする人がいると思います。デザイナーがプレゼンした書体を、販売会社は、時代に合わないとかの理由で拒否しないで、できるだけ世の中に出したほうがいいと思いますね。その書体が時代に合うときがくるまで、ちゃんと使えるようにしておくことが大切ですから。たくさんあったって腐るものじゃないし。

たとえば国語の教科書など、ずっと同じ書体が使われていますが、何か決まりがあるのですか。
国語の教科書の書体は、筆順や筆の先をはねる・止めるなど、字の形を間違いなく教育したいという理由から、あの書体が使われています。それから新聞に使われてきた新聞明朝と呼ばれる書体があります。これは普通の明朝体よりも平べったい形をしています。この書体は、戦時中に物資がないので、一枚の紙になるべくたくさんの文字を入れようとしてつくられたという話を聞いたことがあります。こうした書体は、機能性重視という理由がちゃんとあって作られ、使われているんですね。でも、ある程度決められているだけで、絶対というのはないでしょう。決めつけるものでもないし。

僕は書体の多さは文化・生活の余裕の大きさと比例しているのじゃないかと思っています。書体が多ければ多いほど、自分の伝えたいイメージや気持ちを、相手に的確に届けられるでしょう。書体は洋服のようなものですよね。文章の意味は変わらなくても書体が変われば印象が変わります。それをうまくやれると文章の意味をより的確に伝えられるし、失敗するとうまく伝わらない。

洋服を着替えると着ている人の印象が変わるのと同じです。好印象もあれば悪印象もある。まあ、あまり難しく考えずに使う人がいろいろな書体を楽しんでみたらいいと思うんです。僕は、ちょっと権威的な感じがするので明朝体が嫌いなんですが、自分を偉そうに見せようとして明朝体を使うという人もいる。どの書体を選ぶかで人格も見えたりしておもしろいですよね。

最後に書体デザイナーを目指している人にアドバイスをいただけますか。
まず、実際につくってみてください。サインペンで紙に書くだけでもいいから、やってみることです。つくってみると本当に自分がデザイナーに向いているのか、好きなのかもわかるし。たとえば、普通のパソコンでも、小学生のときに書いた作文などから自分の字をスキャナーで取り込み、その字をキーボードでも使えるようにフォント化できるんです。そういう遊びに近いことから始めても楽しいでしょう。

それから、若いデザイナーの人たちには、今までとは違ったビジネスの可能性があると思います。先ほどもいいましたが、僕はインターネットを起爆剤にして、新しい書体ビジネスができると思っています。自分のつくった書体をひとつずつ丁寧に紹介しながら販売できるし、可能性はかなりあると思いますよ。

どうもありがとうございました。

 


ProfessionalDTP(工学社)2000年1月号 フォントデザイナー佐藤豊氏の仕事 取材/西村希美

デザインから見るフォント

使えるフォントの見分け方

・フォントを使うときに「何が良いフォントなのか」をどう見極めればよいのでしょうか。佐藤氏は、「ある程度時間を掛けないと、見分けられないのでは?仕事で使うことを考えて真剣に選んでいけば、そのうちに見分けが付くようになる」と言います。この基準になるのは、フォントを使うデザイナーやオペレーターの感性にゆだねられていると言っても過言ではありません。ここに、フォントを選ぶ人の“目”が問われているのです。

●たとえば、プロの料理人はたくさんの料理を食べ歩いて味を見分ける訓練をする。もちろん、“好き嫌い”も基準になりますが、やはり経験に勝るものはありません。
フォントの選び方も、それと同様に時間を掛けていろいろなフォントに触れることが重要です。こうした面から考えると「感性」が重要になってくるでしょう。

いちばん怖いのは“慣れ”です。僕自身も、ずっと東京で仕事をしてきて、初めてモリサワの「じゅん」を見たとき、なにか違和感を感じました。でもDTPで10年近く見続けているうちに、今ではそれほど気にならなくなってしまいました。最初のショックが薄れてきたんでしょうか、怖いですね〜。いまでも違和感を感じたりヒドイなぁと感じるフォントはありますが。

・確かに、最近は「DTPになって組版がおろそかになっている」「フォントの選び方があいまいだ」と言われます。しかし、それとは反対に「DTPだからこそ、組版にこだわる」「フォントの選び方に注力する」と考えているデザイナーの存在もあります。

この差はどこにあるのでしょうか。佐藤氏からは「デジタル世代の若い人とアナログでプロの仕事をしている人で対話がないのでは」という言葉が聞かれました。
つまり、デジタル全盛時代になってからデザインの現場に参入した若くて伸び盛りの人が多い会社に、きっちりと「仕事の本質」を教える人の存在がないのでは?…ということです。

●DTPで作ったものでひどいものがあると言います。でも、それは一端であって、その対極には明朝体とゴシック体それぞれ各1書体ずつしかなくても、きちんとしたものを作るデザイナーだっているのです。

情報を伝達する手段としての「フォント」

・フォントを制作する面白さは、「それだけでは成立しないこと」という佐藤氏に、「フォント」に求められている役割について聞きました。

●たとえば、高速道路を走っているときに、ふと行き先案内をみると、不思議な漢字に出会うことがあります。「愛媛」なんて文字を、遠くから一目見て分かるようにするためには、どこかのパーツを間引かなければならないわけです。車のナンバープレートも同様ですね。

これらに共通しているのは、見る人が自然に正しい文字を想像していること。このコンセンサスがなければ成立しません。もう1つ面白い世界が、「電光掲示板」です。
ある程度表示できるスペック…たとえば、32ドットまでとかが決まっているところから、いかにして情報を知らせるかを考えてフォントをデザインしなければならないので、かなり制約されます。しかも、線を間引くことによって可読性を失ってはいけない。

“使う人にどう捉えられるか”がフォントの面白いところで、それを“どうプロデュースするか”がデザイナーの本分。僕たちフォント・デザイナーは、自分のフォントが“どう使われるか”を楽しみにしているところがありますね。

・そう言われてみると、MacOSに標準で搭載されている「Osaka」の画面表示フォントは、かなり文字の体裁が間引かれていることが分かります。これは、ファインダー上で「ドット」という制約があるためで、よく見ると「高」「道」などは1 本線が抜けていたりするのです。

こうした観点で街を眺めると、意外にこうした制約の中で「情報を伝えるフォント」を見る機会は多いものです。試しに、財布の中に入っているレシートを眺めてみてください。不思議な文字に遭遇するかもしれません。
 
見た目のインパクトが求められる「フォント」
 
・「情報を伝達するためだけにデザインされたフォント」の対極に、「見た目のインパクトを狙ったフォント」があります。
最近、一部の若いデザイナーの間でフォントを作ることが流行していますが、彼らがデザインするフォントの中には、「どう使えばよいのか」と思うものも少なくありません。

●最近では、若いフォント・デザイナーと話す機会も多くなりましたが、彼らはカタカナを欧文のようにデザインします。僕たちみたいに、30年以上もこの世界にいると、いろいろな情報が頭の中に蓄積されます。外国の書体も、それこそ星の数ほど知っているわけです。そうすると、簡単に欧文フォントを作れなくなってしまいます。

今の若いフォント・デザイナーは、それを知らないから柔軟な発想でフォントを作れるんですね。ある意味では、“書体のことをよく知らない”ということが強い武器になっているような気がします。
もちろん、その中には「これはどこかで見たことがあるな」というフォントもありますが、それはそれで良いのではないかと。彼らの中から、才能のあるフォント・デザイナーが生まれてくるかもしれませんし。

・確かに、フォントをデザインすることは簡単なことではありません。どんな文章にでも対応できるような個性のない無味無臭なものがほしいときもあれば、インパクトを狙ったフォントが必要なこともあります。もちろん、文字の体裁は均一でなければなりませんし、読み手に文字に関して違和感を与えてはいけません。

こうした品質をチェックする「専用ツール」というものはなく、すべてフォント・デザイナーの目で1文字ずつ確かめなければならないわけです。
フォント・メーカーがフォントを開発する場合、まず,そのデザインが一番効果的なウエイトのフォントを作り,それを元に独自のツールを使ってウエイトのバリエーションを作っていくやり方が普通です。

また、チーム(複数人)で作っていく場合、ベースになる「はね」や「はらい」などのパーツデザインを決定し共同作業を行ないますが、その形状デザインはスタッフの誰もが描けるレベルに決められてしまうでしょう。

佐藤氏は、ひらがなの「あ」からJIS第2水準までのすべての文字を1人で制作されています。1書体作るには、どのような苦労があるのでしょうか。

●アナログでデザインしていたころは、すべての文字を手で書きました。といっても、僕が作っていたのは「かな書体」なので、今ほど辛くはなかったですが…。しかし、今の日本語環境を考えた場合、かな書体の使い勝手は良いとは言えません。OS に「かな漢字組み合わせ」の機能が標準で付いたら、かな書体がもっと使われるかもしれませんが…。

そこで、今はJIS第2水準までを含めたフルセットの書体を手掛けています。これが予想通り…というか、それ以上に大変で、ずっとテンションを保ち続けるのが難しいですね。1人でデザインしていることもあって、長い時間の中で最初に作ったものと(文字のデザインイメージが)変わってきてしまうことがあるのです。そうなると、最初から全部やり直さなければいけない。

また、「かな」のデザインは曲線のコントロールがすべてですが、漢字は直線の組み合わせで構成されています。文字の画数や形状の違いから同じスペースの中でも大きく見えたり小さく見えたりするんですね。同じ四角形でも色が違うと面積が違うように見えるのと同じ理屈です。ですから、文字によって大きさを微妙に変えたり、あるいは「偏」と「つくり」のバランスを調整したり…といった作業が必要になります。

いちばん重要なのは、プリント・アウトして自分の目で確認することです。それも大きめから小さめまで何段階も出力して、どんな状況にでも使えるフォントに直していかなければなりません。本当に「漢字なんてやらなきゃ良かった」という気になりますよ。
 
新しいフォント市場の開拓と提供
 
・現在、佐藤氏が運営されているホームページでは、2年前から「キャパニトL-教漢」というTrueTypeフォントを無償で配布する試みが始まっています。このフォントは、かな書体に教育漢字を加えたセットで、PDF ファイルへの埋め込みに対応し、1年前からはWindows版のダウンロード・サービスが始まりました。

●最初のきっかけは、「自分のフォントを使っている人と対話したい」というものでした。ダウンロード・ユーザーをみると、国内はもちろん、日本語のOS は買えるけど、日本語フォントまで買えない…という理由で、欧米や東南アジア、ペルーの方までいるんですよ。

Webの良い部分は、ダイレクトに情報を提供できることです。先日も、「キャパニトL-教漢をPDFファイルに埋め込めるようにしました」というアナウンスを5,000 人近くいるダウンロード・ユーザーにメールで送りました。同じことを郵便でやろうとしたら、コストも時間も掛かります。でも、電子メールならかなり少ない作業で終わります。

いずれは、自分のフォントをオンライン決済の仕組みを使って販売できるようになれば…と考えていますが、今はどれだけその可能性があるかを模索しているところです。

・「やっぱりPSフォントは高いよね」と佐藤氏は言います。しかし、そうした不自由さがある中で、佐藤氏の試みは新たなフォントの使い方やユーザーを生み出すのではないでしょうか。これからは、自由に好きなフォントをいつでも買えるようになる時代になっていくのかもしれません。

 
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