書体コンテストに落選して日の目を見なかった書体を紹介するページ



第6回モリサワ賞(1999)落選書体(天山書体)

いま、フォントとして出回っている篆書体が気に入らない…。
漢字の字形が古いままで、普通の人には読むことは難しい。
無理やり篆書風にした「ひらがな・カタカナ」にも、パワーが感じられない。
篆書体を現代に蘇らせたい…という気持ちで、一般の人にも読める字形で再デザインを試みた。
アイデアスケッチ1アイデアスケッチ2墨溜まり部の大小検討

●制作意図
古文とよばれる漢字書体群の美しさ、造形の妙…。
それらの文字一つ一つが発する、おおらかなパワーと魅力を生かしながら、現代字形として再構築。
少し新しさを加え、未来へ繋がる書体を創作した。(出品作品



第5回モリサワ賞(1996)落選書体(あづま'96)

この回で1位を受賞した「あさがを」と同時に出品した書体。「あさがを」の太いバージョンというイメージ(出品作品)。
漢字部分は「あづま」。かな部分は「あさがを」を太く再デザインしたもの。

●制作意図
今までに試みられた事がない、サンセリフ楷書体。
文字本来の形を素直に表現した筆記体の骨格に、シンプルに味わい深く肉付けした。
(かなの骨格は、同時出品のあさがをと同じものです)



第5回モリサワ賞(1996)落選書体(丸明朝体 さくら)

この年に1位を受賞した「あさがを」と同時に出品した、丸ゴシック風の明朝体(出品作品)。

●制作意図
プリンターなどに標準書体として搭載され、印刷書体の基本といわれる明朝体だが、明朝体自身が発する視覚イメージが強すぎ、テキストを読むとき、どうしても裸の文章として頭に入ってこない。
さらに明朝体はデジタル環境では繊細すぎて不向きだと感じる。
書体としての視覚イメージが希薄な、そしてデジタル処理に敵した機能的な新書体を試みた。
シンプルな骨格に、抑揚のない線、必要最低限のアクセントなどで構成した。



第4回モリサワ賞(1993)落選書体(あづま)

前回のモリサワ賞に出して落選した「総合書体 墨東」を太くしたものを元に、かな部分に少し抑揚を加え、漢字部分を楷書体風にしたもの(アイデアスケッチ下書き)。

●制作意図
いままでに試みられた事がない、サンセリフ楷書体。
文字本来の形をすなおに表現した筆記体の骨格に、シンプルに、そして味わい深く肉付けした(出品作品)。



第12回石井賞(1992)落選書体(仮称:ストレートドット)

1986年に石井賞1位を受賞したので、もうこのコンテストには出品しない気でいたが、自分の制作環境が完全にデジタル化したので、ドット文字風の書体をデザインしてみた(アイデアスケッチ)。
出品仕様はアナログ(応募規定)だが、実際はデジタル制作である(フォントグラファで制作)。フォント化して自分で組見本を作って見たりした。
応募用のパネルに貼り付ける寸前の原稿(透明粘着シートにプリントし、それを規定の用紙に貼り付けた)。
このコンテストの締切は毎回1月31日。長い間待たされて4月に届いた選外通知



第3回モリサワ賞(1990)落選書体(総合書体 墨東)

文字本来の古典的な骨格を生かした角ゴシック体。
後に、かな部分は「墨東」に、漢字部分はモリサワ賞「あさがを」の元になった書体(漢字のラフスケッチ)。
出品にはアナログ体裁を要求された(応募規定)が、実際の制作はデジタルである(何度も修正している)。
PCから透明粘着シートにプリントし、それを規定の用紙に貼り付けて、アナログ状態で出品している(出品時の受領票)。

●制作意図
欧文書体に感化されたデザインではなく、漢字やかな文字の本来の自然な形や大きさを尊重した、美しく情緒のある本文用ゴシック書体。
(明朝体の骨格を利用し安易に制作されたゴシック体や、整いすぎたプラスチックのような顔をしたゴシック体は、もうたくさんだ)



平成ゴシック書体コンペ(1989)落選書体(現代的なゴシック)

文字フォント開発・普及センター主催の、このコンペの「明朝体の部」優勝書体は、現在の「平成明朝体」。
次に「角ゴシック書体の部」コンペが催され、そこに応募したのが、この書体
当時アニトの販売交渉などで知り合ったFS社が、このコンペに参加するということで私に話が回ってきた。
平成明朝体と混在できる角ゴシック体が主要テーマだったが、その平成明朝体のサンプルが公開されたのが3月6日。
角ゴシック体のプレゼンは4月21日と、とても厳しい日程だった…(応募要項)。
ということで実際の書体デザインは、仕事が速いと定評の小芦重幸(元タイプバンク勤務)氏を起用。
出品書体のイメージとかコンセプトを私が決めて、文字を描き起こす作業は彼に託した(鉛筆スケッチと実物原稿)。
応募する提出物を制作するために、写植文字盤を制作(そのためにも時間が必要)し印字した。
日本規格協会の所属グループ主催のコンペということで、こういう履歴書のような物も提出した…。
残念ながら優勝できなかったが、ウワサでは2位だったらしい…。

●出品時のデザイン説明
見出しにも本文にも使用できるゴシック体、そして先に決定した明朝体との調和…と言う難しい制約ではあるが、私たちはゴシック書体の本来の目的どおりに、同時に使用する同サイズの明朝体よりは、黒く・強く感じられるように、この書体の太さを決定した。
また、デジタルフォントとして最初の標準基本書体と言うことを踏まえ、あえて目新しいデザインをせずに、できるだけクセをなくし、誰でもが、どんな文章にも安心して使える、現代的な骨格をもった書体にデザインした。


 
第2回モリサワ賞(1987)落選書体(ヘッター)

この頃は、ヘタウマという言葉やイラストが流行り、世間に溢れていた。
それなら、文字にもヘタウマがあってもいいんじゃないかと、デザインした書体。
このコンテストでは落選したが、自分では気に入っていたので3000字ほどアナログで制作していた。
1991年、日本交通公社「るるぶ情報版」の表紙題字に採用され、2007年頃まで数百冊分の表紙を飾ることになった。



アジアタイプオリンピアード(1980)落選書体(丸ゴシック系明朝体)

写研の石井賞に刺激されたのか、とつぜんリョービが催した書体コンテスト。
残念ながら2回目は無かった…(応募要項)。
日活明朝体活字を参考に、均等な太さで描いた明朝体風味の細丸ゴシック(アイデアスケッチ)。
見本組「あなたにとって〜」の文字詰めのきつさが、当時の風潮を反映している(サンプルもう1点)。
自分で確認するために、テスト用の写植文字盤も制作して万全を尽くしたのだった…。
下の↓制作意図を読むと、1986年に石井賞1位となった書体と似たようなコンセプトだったと思う(実物原稿)。

●制作意図
音声は、話し手の声帯から聞き手の鼓膜まで、空気の振動によって伝わる。
だが私達は空気が音声を伝達していることを意識してはいない。
本文用書体も、この空気のように一般の人には意識されないで、文章の書き手と読み手の間をつなげるものでなければならない。
文章の持つそれぞれのニュアンスが、異なって伝わる書体であってはならない。
したがって、長年慣れ親しんできた明朝体を全く別のデザインに変えるのは危険だし、明朝体は完成された書体だと思う。
だが、最近の写真光学技術を駆使した、製版・印刷・デザイン・複写機等の多様さを考えると、現在の明朝体の横棒は細すぎると思うし、鋭角的なエレメントの先端も気になる。
私の作品は、明朝体の美しさを失わずに特徴を生かしたまま、現在・未来の文字伝達技術に対応できるように横棒を太くし、エレメントの先端も光学処理による形の変化が起きないように丸くした。
また、日本文字の持つ美しさを損なうことのないよう気をつけた。



第6回石井賞(1980)落選書体(普通っぽいゴシック)

このコンテストの第4回に入選(かなが半角の書体)したが、第5回は落選だった。
それなら次は、普通の書体を応募して入選を狙おうと考えた(ラフスケッチ)。
既成の書体を全く参考にせず、自分の頭の中にある普通で理想の書体を描いた…。
いちおう、描いたものを縮小して色々と検討を重ねたのだが…落選した
あらためてこうして眺めると、やはり猛烈にヘタクソで恥ずかしい…(実物原稿)。



第5回石井賞(1978)落選書体(フーツラ・インスパイア系)

このころ、欧文書体のフーツラ(Futura)が好きだった。
この書体の幾何学的なイメージを和文書体に活かせないかと模索しながらデザインした。
結果は、インスパイアした書体のイメージを活かせておらず、はっきり言ってヘタクソだ。
数字部分にフーツラ書体の面影が残っている…。

●写研から送られてきた落選通知アイデアスケッチ実物原稿(落選作品は返却してくれた)。



第3回石井賞(1974)落選書体(ゆたんぽん)

はじめて石井賞に応募した書体。
このコンテストは第1回から知っていて、応募用紙を取り寄せて下書きらしき事はしていたが、この書体で初めて実際に課題文字すべてを描き終え出品した。
課題文字はひらがな・カタカナ・漢字など176文字。出品用紙は写研が用意した物を使用するのが原則。
用紙には、1文字分の仮想ボディ48mmの枠が8個、薄青色のインクで印刷されていた。
その枠内に文字を描いたら1文字ずつ切り離し、ケント紙を水張りしたB1パネルに60mmピッチで貼り付ける。
B1サイズ(728mmx1030mm)の木製パネルを、大塚の写研本社まで自分で持ち込むのは、とても面倒だった…。
その頃は便利な宅配便は存在せず、運送屋に問い合わせたらえらく高額だった記憶がある。

●落選が決定したあと何度か修正し、自作した写植文字盤で印字したものを「ゆたんぽん」という書体名で日美展*に出品し、努力賞を貰った…。



日美レタリング教室研究科(1969)卒業制作書体(A.D.2000)

15歳の頃から、日美*という通信教育学園でレタリングを学んでいた。
18歳になる少し前だったか、週に1度(夜間3時間)の通学部に通うことにした。
基本科は6ヶ月、その後の研究科が3ヶ月。
その研究科の卒業制作としてデザインしたのが、この書体(B2サイズのイラストボードにすべて手描きした)。
先生たちは、教えてもいない活字書体の提案に驚き戸惑ったらしく、良い評価は得られなかった。
作品は返却されなかったので、ここに掲載した画像は当時の安物カメラで撮影した小さな印画紙から複写した。

●制作意図
横組み用のかな書体。欧文書体のデザインシステムと同様に、画線の位置をラインシステムにしている。
西暦2000年頃には、こういうデザインのかな文字が使われている気がして、A.D.2000という名前にした。

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